☆シュナウザーの難治性皮膚疾患~甲状腺か?クッシングか?~☆
こんにちは、四季の森どうぶつクリニック院長平川です。
診療に必要なことは何だと思いますか?
たくさん勉強して知識を多くもつこと?
多くの症例を診て経験を積むこと?
たくさん検査をして病気をしらべること?
どれも重要で答えなどありませんが、個人的に重要視しているのは
『感覚』です。
以前どこかで書いたことがありますが、教科書をたくさん読んで知識をつけてもいい診療はできません。
「生命の神秘」ともいわれる医学領域で、既存の検査と言葉で分類されるほど病気が単純なはずありません。
教科書だけではわからないものがあってもおかしくありません。
今日はそんな「教科書ではわからない・・・ギリギリの攻めの診療報告」です。
【症例】
ミニチュア・シュナウザー 13歳 女の子(避妊手術済)
【経過】
〇9歳までは皮膚病もなく、10歳前に子宮蓄膿症になり子宮・卵巣摘出術を受ける
〇その後から前肢、下顎、目の周りなどの皮膚病
〇1件目、2件目で診断がつかず、3件目で毛包虫(ニキビダニ)症と診断され、注射による治療開始
〇1カ月半ほどで改善するが、中止すると再発、治療で改善、中止で再発・・・を繰り返す
〇現在4件目の動物病院でニキビダニに対する内服(2日に1回)、9カ月前から甲状腺ホルモン剤(1日2回)を服用中
〇それでも毎年1月に悪化する
〇2カ月後に迫った1月の悪化に備え、今(来院時は10月末)からなんとかしたいという主訴で来院
それでは来院時の状態をみてみましょう。
まずは全体を左側から。
胸部の側面の拡大。
続いて、頚部~前胸部と、前胸部の拡大です。
続いて、全体を上から。
続いて、内股とその拡大(やや左)。
※クリックすると大きくすることができます。
最後に後ろからと、その左大腿部の拡大です。
来院時のコンディションは「ここ数年の中でも落ち着いているいい状態」ということで、飼主さまの中で治療成績が悪いという認識はありませんでした。
ただ、必ず1月に悪化するため「次はそれを避けたい」という思いで来院されており、転院理由としては非常にめずらしい診察スタートでした。
実際に来院時にはニキビダニは認められず、ニキビダニによる皮膚炎を疑う所見も認められませんでした。
※初診時の被毛はトリミングで短くカットされた状態です。
それでは来院時から約5か月後をみてみましょう。
まずは頚部から。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
上の写真の前胸部部分を拡大してみます。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
続いて、全身左側から。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
同じく左側の胸部の拡大です。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
続いて、全身を上から。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
続いて、内股。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
同じく内股の左側を拡大してみます。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
続いて、後ろから。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
同じ後ろから、左大腿部の尾側を拡大してみます。
※画像をクリックすると大きくすることができます。
初診時の状態に「赤み」がないため、若干伝わりにくい写真構成かと思いますが、非常にきれいに改善しています。
まず「毎年必ずある1月の悪化はなかった」、「臭いが格段に減った」、「トリマーさんから『とてもきれいな毛並みになった』と言われました」と飼主さまは改善を強く感じられていました。
ブログで毎回お話していることですが、初診時に重要なことは「改善までのストーリーを描く」ということです。
この症例でも今までの経過を伺いつつ、頭の中で色々と整理して、「おそらく・・・・・・・・・・」という流れをつくっていきます。
あとはそれを証明するのが検査になるのですが、初診時に考えるべき大事なポイントを一つずつまとめていきましょう。
※ここから先は獣医師向けです。
〇9歳までは皮膚病はなく、子宮蓄膿症で子宮・卵巣摘出術後から皮膚病になった
〇すでにニキビダニの診断済、投薬である程度の改善が認められた
〇現在は落ち着いている状態
〇それでも必ず悪化する時期がある(毎年1月)
〇甲状腺ホルモン剤を半年以上継続中
初診時の病変をみて、飼主さまからのお話にあったこの5点からでもほぼ診断名が浮かび上がってきます。
それは「副腎皮質機能亢進症(通称クッシング)」です。
クッシングがあると子宮蓄膿症になりやすく、飼主さまから聞いた「子宮蓄膿症の手術(卵巣・子宮摘出術)後から皮膚病になった」という言葉も正確に表現しなおすと「元々クッシングがあり、クッシングにより子宮蓄膿症になり、手術後にちょうどクッシングらしい皮膚病が発症しはじめた」と考えることもでき、むしろその方がしっくりきます。
また毛包虫(ニキビダニ)について前回の記事でも書きましたが、中高齢期の毛包虫発症には何か今までにない基礎疾患を探すべきで、特に内分泌疾患(一般的には甲状腺機能低下症やクッシング)が疑われます。
そして当院受診まで治療を受けていた病院で「甲状腺ホルモン濃度が低いため、甲状腺機能低下症と診断され、甲状腺ホルモン剤を服用」というのはクッシングによるユーサイロイドの可能性を考えました。
もちろん「クッシングはなく、本当に甲状腺機能低下症の可能性」も十分にあるのですが、甲状腺機能低下症であれば甲状腺ホルモン剤を服用すれば皮膚コンディションが綺麗に改善するはずですから、今回の症例のように9カ月間甲状腺ホルモン剤を服用した状態でこの診た目は・・・「服用してこの皮膚であれば、そもそも甲状腺機能低下症ではないのでは?」と考えて基礎疾患の再評価が妥当だと思います。
以上のストーリーを描き、最初に行う検査は、
〇一般血球検査、生化学検査
〇副腎・甲状腺の超音波画像検査
〇ACTH刺激試験
〇尿コルチゾール/尿クレアチニン比測定
〇細菌培養感受性検査
としました。
※うちACTHは午前に行うため、別の日に実施しました。
得られた検査結果は、
〇Hct:35.3、ALP:537、T-chol及びTGは正常値
〇ACTH刺激試験 Pre:3.7 Post:15.1
〇尿コルチゾール/尿クレアチニン比 8.45 尿比重:1.040以上
〇一部の抗生物質に耐性を示す細菌感染
副腎の超音波画像は、
続いて、甲状腺の超音波画像は、
右の副腎はサイズ・形ともにノーマルに見えますが、左の副腎はやや大きく(6.9mm)で形も若干いびつですね。
甲状腺は左右両方ほぼ正常に見えます。
クッシングを疑ってACTH刺激試験を行いましたが、結果としてクッシングを支持する所見を得ることはできませんでした。
この時点でどうすべきか?
教科書にない診療というのはこういうところですね。
答えもベストもありませんが、僕は攻めます。
次に行うべき検査は・・・残念ながらこれまた絶対の評価とは言えませんが、LDDS試験です。
得られた検査結果は、
Pre:3.6 4時間後:1.8 8時間後:1.2
多飲・多尿もなく、ALPの顕著な上昇もなく(再測定時446)、ACTHは白、LDDSは典型例に当てはまらず・・・これは相当悩みました。
ですが、臨床医として出した答えは「副腎皮質機能亢進症(クッシング)」でした。
あくまで「教科書上の典型的な検査結果例の枠組みに入らなかったが」という説明をした上で、治療方針はクッシングの内科療法を選択しました。
結果はご覧の通りで、皮膚は非常にきれいになりました。
「皮膚が綺麗に改善したらやっぱりクッシング」ではないのですが、教科書だけで診療を行うと「クッシングとは言い切れない治りにくい皮膚病」という枠組みに入り、「治らないのは別問題」となっていた症例でもあると思います。
そもそも副腎皮質機能亢進症を確定する絶対的な検査が存在しない以上、臨床症状&各検査所見の総合評価であるため、クッシングの判定は時に難しい問題になるとは思っています。
教科書上の分類や、エビデンスという言葉で「証拠」が重要視される時代ですが、教科書だけで診療していたら治るものも治らないので、大事にすべきは感覚かな?と思います。
四季の森どうぶつクリニック
獣医師 平川将人